2012年6月8日金曜日

チビ


 

僕の家ではネコを7匹飼っている。

そのうちの1匹がチビだ。約1歳のメスネコである。

実は、チビはほとんど眼が見えない。

生まれてから3ヶ月ほどまでは正常に見えていたのだが、突然、ウイルス性の風邪のような病気になり、急激に衰弱してしまった。

そして、何と、両方の眼球が落ちてなくなったのだ。

チビは何も食べなくなった。

何日間も僕は鶏がらのようにガリガリになったチビを手のひらに乗せて暖め続けた。

とうとうチビはほとんど動かなくなってしまった。

これまで多くのネコを飼ってきた経験から、もはやチビのいのちは数時間しかもたないのではないかと僕は思った。

その時、いまでもなぜなのか分からないのだが、僕はふと冷蔵庫にマグロの切り身があるのを思い出した。

無駄なことだと思いながらも、僕は切り身を一切れチビの鼻の前に置いた。

そうしたら、何と、チビが猛烈な勢いで切り身を食べ始めたのだ。

結局、チビは切り身を二切れあっという間に食べてしまった。

その時、僕はチビの生存を確信した。

同時に、僕はずっとチビとともに生きていくのだと思った。

こうして、チビは生と死のギリギリのところで奇跡的に回復に向かった。

しかし、チビはかすかに光や影は感じるようだが、物の形は見えなくなってしまった。

しかし、眼以外の機能は正常で、音や匂いを頼りに歩きまわったり、寝たりしている。

小さい時はネコ用のトイレがどこかも分からなかった。

その気配を感じるたびに抱っこして連れて行ったのだが、最近やっと自分だけで行けるようになった。

チビはエサ場は大体分かっているようだ。

でも、普段はエサが欲しい時は鳴いて僕らに知らせる。そのたびに、誰かがチビをエサ場に連れて行く。

チビは僕らの手がなければ生きていくことはできない。

ある時、ふと気がつくと、家の中のどこを探してもチビの姿が見えない。

誰も気がつかないうちに家の外に出てしまったのだ。

チビは自分で外に出れば、自分では家に戻ってくることはできない。

手分けして1日中探したのだが、どこにもいない。

僕らの家は山の中にあって、周りに人家も少ない。

もしかしたら森の中に入って迷ったのかもしれない。

幸いにも、2日後、家から300メートルほど離れた小道にチビがポツネンと坐っているのを奇跡的に見つけることができた。

チビはケガもなく無事だった。やせ細ってもいなかった。

もし、見つからなかったらチビは2,3日以内には確実に死んでしまっていただろう。

このようなチビだが、僕はチビを見るたびに思うのだ。

「これでいいのだ」と。

チビは眼が見えない。でも、その事実には何一つ欠けるものはないのだ。

チビは眼が見えない。それが何か? 

これでいいのだ。

(昇平)


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